インターステラー

熱がある人には、その人のおでこに手を添え、お腹が痛い人には、その人のお腹に手を当てる。そうすると、熱は下がり、お腹の痛みが治る。僕のおじいちゃんは、不思議な力を持っていたと父親から子どもの頃に聞いたことがある。だからか、子どもの頃から『 特別な力  』を僕は信じてきた。( どうして自分の父親の話を疑えるだろう? )

 

父親とおじいちゃんは、長崎の五島列島の小さな町に住んでいた。僕も一度だけ行ったことがある。小高い丘の上の平家で、すぐ目の前には海が広がっていた。買い物に行けない人の為に、食材を乗せた移動販売車が2日置きに来ていた。帰りは『 昴 』のカラオケバージョンが流れて、沈む夕日と、それが重なりほんの少し寂しくなったことを覚えている。

 

おじいちゃんのお葬式の日、父親と父親のお兄さんが喧嘩をして、父親の右脚をお兄さんが蹴った。その数日後、お兄さんはバイクで事故り、右脚を怪我した。父親は「 親父の仕業だ 」と言っていた。

 

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映画『 インターステラー 』を観る度に僕はこの話を思い出す。世界が異常気象になり( まるで今の世界と一緒だ )地球に住めなくなるから、住める星を探しに行く。主人公は娘に「 必ず帰ってくる 」と約束する。

 

なんだかよくありがちな話だけど、見えない存在( 主人公や娘は幽霊だと思い、他の人は宇宙人だと思う )がメッセージを受け取る。それは、見えない存在を信じていないと、見逃してしまうほどのもの。この映画の中で「 愛は観察可能な力よ 」という台詞がある。僕はこの台詞が物凄く好きで、下手したら大きな事故に巻き込まれていたのに、小さな怪我で済んだりした時、僕はただ単純に運が良かったのではなく、ご先祖様が特別な力で守ってくれたんだと思うようにしている。だから、父親からおじいちゃんの話を聞いた日から、ずっと信じている。

 

 

神様

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次男の習い事の待ち時間を利用して、宮地嶽神社へ。「 ついで感 」が否めないけど、神様だって何度もお願い事なんて聞きたくないだろうし、今日みたいに、たま〜にがいいかもしれない。

 

『 八方塞がり表 』を観たら、僕の年齢に当たっていた。9年に一度回ってくるらしい。どうにもならない状況は何度か経験してるけど「 ヤバいかもしれないけど、死ぬわけじゃないぜ 」と開き直ってしまうと、大抵のことは乗り越えられて、1年後に笑い話にしてしまう。それを観てある人は呆れ、ある人は怒る。

 

他人の八方塞がりの状況を楽しんでいる人って、一体全体、神様にどんなお願い事をしているんだろう?と首を傾げてしまう。よく神様は、その人が乗り越えられない試練は与えないと言うけど、「 まぁ、それなりに大変だと思うけど、死ぬわけじゃないから 」と試練をポンっと僕らの頭上に投げかけてるかもしれない。

 

普段は、ダラダラとムラムラを交互に繰り返しながら日々を過ごしてるけど、神社に行った後、久々にビシっとなりましたよ。明日には、元どおりだろうけど。

 

永遠のジャンゴ

7年前、愛知県の名古屋で喫茶店を経営していた事がある。好きな小説を並べて、好きなJAZZのCDを朝から晩までかけていた。不定期でJAZZのライブもやっていた。どれだけ聴いても飽きることはなかった。

 

ジャンゴ・ラインハルトの『 ジャンゴロジー 』は、16時や21時ごろよくかけていた。僕の中では「 ひと息つくための音楽 」として選んでいたと思う。ランチ終わりや閉店間際に流れると心地良く、鼻唄混じりにギターのメロディーをなぞった。

 

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ジャンゴ・ラインハルトの伝記映画『 永遠のジャンゴ 』を観た、今「 ひと息つくための音楽 」として聴いていた7年前の僕とは、ガラリと聴こえ方が変わってしまった。

 

第二次世界大戦中の話で、ジャンゴ・ラインハルトもその中でジプシー達と暮らしていた。ドイツ軍による締め付けで、家を追い出されていた。そんな中でも、夕暮れ時、演奏する姿は息がつまるほど美しくカッコいい。僕は煙草は吸わないけれど、あんな風に吸えたらな、と思う。

 

ドイツ軍は晩餐会にジャンゴ・ラインハルトに演奏を強要する。「 ブルースは演奏してはいけない 」「 速いテンポの曲はダメだ 」「 足でリズムをとってはダメだ 」とドイツ軍は注文する。ジャンゴ・ラインハルトは、ブルースも演奏し、足でリズムを刻み、テンポはみるみるスピードを上げ自由に伸びていく。その場で殺されても可笑しくないのに。

 

『 ジャンゴロジー 』はそんな時代を駆け抜けて1949年にローマのナイトクラブで録音されたもの。もし、彼が第二次世界大戦で命を無くしていたら、僕は聴くことはなかっただろうし、この映画も観ていないと思う。これを書いてる今も彼のリズムを刻む足音が聴こえる気がしてしまう。

 

切ない花火

花火って、、、

 

何であんなに切ないんでしょうか?一瞬なのに、一生覚えてしまうくらい花火の思い出があります。それは『 切なさ 』が関係していると、今朝から2時間ぐらい考えていても解りません。

 

昨日、家族で花火をしていたんです。そしたら今まで色々な人と花火をした事を思い出したんです。

 

学校の校庭で友達とロケット花火のぶつけ合いをしたこと。旅館先で恋人と花火を観ながら食事したこと。子どもの頃、家族で長島スパーランドの花火を帰り際に駐車場で観たこと。妻と初めてのデートが長良川の花火大会で、小雨が降ってる中焼きそばを食べながら観たこと。

 

『 花火 切ない 理由 』と検索しても、どれも納得できません。

 

これを書いてる今、『 匂い 』かもしれないと思うわけです。花火の残り香やら、屋台の食べ物やら、人の匂いやら、それらの匂いは、花粉みたいに鼻の中に残っていて、新しい花火の匂いを吸うたびに、過去の思い出たちを呼び戻してくれる、あるいは呼び戻してしまう。

 

『 切なさ 』それは『 匂い 』に関係してるかもしれません。だから何なのさ、と言われたら困るけど。

 

 

イーサン・ハント

とんで とんで とんで

とんで とんで とんで

とんで とんで とんで

まわって まわって

まわって まわる

 

夢想花 』を地でやってしまうのがトム・クルーズ。本当に56歳かと、僕は夢を観てるんじゃないかと、アクションをスタントマン無しで自らやってしまう『 ミッションインポッシブル 』の最新作を観て思った。

 

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追って、追われて、騙して、騙されたと思ったら騙して2時間半があっという間。アクションは勿論好きだけど、イーサン・ハントが仲間を裏切らない、命を助けるところが一番好きです。それは1作品目の時に、自分だけ命が助かってから、ずっと変わらない、カッコいい。

 

 

プールサイド

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子ども達のはしゃぐ姿を微笑みながら観ている親、帰りたがらない子どもに、唾を撒き散らしながら怒る親、イーサン・ハントの仲間なのかスマホを常に操る親。

 

今日もプールサイドは平和です。

 

 

4円

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3ヶ月前、財布を落とした。落としたことに全く気付かず、交番から電話があり慌てて取りに行った。

 

運良く拾ってくれた人は、丁寧に交番まで届けてくれた。財布の中身は車の免許証、保険証、会社用のクレジットカード3枚、TSUTAYAのカード、現金が入っていて、落とす前と何も変わっていなかった。

 

交番の警察官は、僕にこう言った。「 少なすぎじゃない? 」と。初め「 少ない 」が何を意味してるのか分からなかった。だから「 どう意味ですか? 」と僕は答えた。

 

交番の警察官は呆れ顔で「 現金 」と言った。財布の中身は4円しか入ってなかった。「 たまたまですよ 」と僕は苦笑いで答えた。

 

なんとなく映画『 スリー・ビルボード 』の警察官役のサム・ロックウェルに似ているなぁ〜と思っていたら「 それにしても、少なすぎでしょ? 」とサム・ロックウェルは笑いながら、僕に言った。

 

僕は、そのサム・ロックウェルに、財布の4円を使って、両目と両乳首にテープを貼ってやりたかった。

 

「 財布の中にいくら入っていたら、正常なんだよ! 」と怒鳴りたかった。でも僕はソフトに「 いくら入っていたら、正常なんですか? 」と言った。

 

サム・ロックウェルはポカーンとした顔で考えていた。僕は財布のことに礼を言い、交番から歩いて帰った。僕はお金は好きだし、沢山あったら嬉しい。ただ財布の中身が4円だろうが400万だろうが4兆円だろうが、僕自身何か変わるわけでもない。

 

時々、サム・ロックウェルのいる交番を通る。その度に『 正常 』のことを考えてしまう。